シアワセの最小単位

昨年だったでしょうか?ちょっと思い出したので、書きます。

 
 
 
衣替えするには少し早いくらいで、まだ肌寒い春。見覚えのない番号から着信がありました。

 
 
 
もしもし、青龍ですけど…
 
 
-青龍さんですか、お久しぶり。元気?以前お世話になった⚪︎⚪︎ですけど。
 
 
 
声の主は今にも消え入りそうなほど弱々しい。とても居酒屋の店長をしていたとは思えないほど、覇気がない。
 
 
…あ~あ~、⚪︎⚪︎さんですか?どなたかと思いました。お元気ですか?
 
 
-お仕事の件で相談したいことがあるんですけど…今から時間は空いてますか?
 
 
え?今からですか⁈分かりました。30分ほどかかりますがよろしいですか?って、どちらへ?
 

何故か自宅へ行くことになり、???な状況のまま。続きが気になる方はクリックを!
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ピンポーン。チャイムを押して、開いたドアから覗いたその人はおばあさん。ものすごく老けてました。それだけではなく、歩行もままならない、ふらふらした様子。

原因不明の病になってしまったそうです。肩で息をしている感じで、見ていて辛そうでした。病気のため、仕事も解雇になり、生活保護を受けている様子。ご主人も数年前に病気で倒れて、働けない状態らしい。

で、用件を伺ってみると

病院に連れて行ってほしい

…?

家族の誰かに連れて行ってもらえないんですか?

息子もおばあちゃんも仕事で忙しいし。

ご主人は?

用事があって、今日はいない。誰もいないから呼んだんです。こうでもしないと、来てくれないと思って…

えーーーーーーって!!!!って思いましたけど、連れて行きました、病院へ。いいんですが、何故か病院側の冷たい反応。冷たいというか、ものすごく迷惑そうな視線。

一畳くらいの個室にベッドがひとつ。案内されたその部屋に手をついて連れて入りました。(なんでこんなことまでしないといけないんだろう、自分…)

看護師さんが「ちょっといいですか?」とぼくを廊下に呼びました。

「つかぬ事をお伺いしますが、ご家族の方…ではないですよね?」

「はい。今日突然呼ばれて、連れてくることになったんです。」

「どのようなご関係ですか?」

「もう、6,7年くらい前かな、仕事のお客様だったので。だから、数年ぶりなんです。」

「あ、そうですか…」

ホッとされた顔をした看護師さん。暴れたり、奇声を上げたりと問題行動するそうで、ほとほと困っているということでした。

えっ、そうなの?そんな人だったっけ?

それから家にまた連れて帰ってあげました。車の中でもそうでしたが、家についてからも、しばらく話を聞いたんです。家族がみんなバラバラだと。

ご主人は数年前に倒れて働けない。けど、趣味のボランティア活動をしていつも不在。息子は家庭の事情で学校を中退させてしまって以来、親を見下すようになった。娘も親を親とも思わないくらい冷たい態度。

本人はというと、病気になる前までは昆虫や草木、小動物の環境保護の活動をしていたということでした。

環境を守らないと私たちの生活は行き詰るんですよ。私たちは一番身近な存在を無視してきた。乱開発で森や湖を破壊してきた。私は自然環境をこれ以上破壊しないために尽くしてきたんです。

今までの活動内容や、啓蒙のためにつくったビデオまで観せてくれました。

気付いたんです。

この人はシアワセの軸を見誤っていると。

確かに環境は大切です。食物連鎖のどこかひとつでも欠けたらバランスを崩してもらうことも。よく分かります。

でも違うんです。シアワセの最小グループは家族なんだと。この方は家族をないがしろにしてきました。家族よりも自分の活動を最優先してきたんです。

自分のやりたいことをするのはいいことです。ですが、伺った活動内容からは悲壮感と恐れしか感じることが出来ませんでした。ちっとも楽しさが伝わってこなかったのです。

楽しさやワクワクから遥かに遠い負のエネルギーは新たな負を生みます。一番身近な家族にいくんですが、本人は知る由が在りません。実は息子さんも知っていますが、お母さん。つまり目の前の方の事を暴言を吐く冷たい人と言っていました。

父親に対しては「あんなヤツ」と。この方もご主人も家族の方を向いていなかったんですね。それと、シアワセの最小単位はなんだと思いますか?

自分自身です。

ぼくは霊視はしませんが、なんとなく分かりました。この人も親から同じ扱いを受けてきたんだなと。簡単に言えば自意識が低い。セルフイメージがものすごく低いんです。

環境保護のために身を捧げている。こんなにやっているのに、誰もわかってくれない。家族も理解してくれない。わたしにはコレしかないの!わたしの唯一の生きがい。なのに誰も賛同してくれない。なんで?どうして?

勘違いした自己犠牲は自らをボロボロにします。やがて家族をボロボロにします。自然環境の前に家庭環境が取り返しのつかないことになります。

それから数日後、また電話がありましたが、出ませんでした。この方のためでもありますが、一番は自分のためです。

なぜなら、同情は何も生まないから。感情はエネルギーです。この方と同じエネルギーまで落とすと、同じものの考え方のエネルギーを発しなくなるから。だから同情は禁物。

もちろん、かわいそうだとは思いません。思ってはいけないんです。同じ人間なのに、その人のことを「劣っている」と判断することになるから。

だから、ぼくはこう思いました。

この人は大丈夫。問題ではない。

もし可哀想だ、心配だ。と思ってしまうのなら、自分の心がそういう状況をダミーとして見せているだけなんだ。

そしてそのダミーをつくっているのは自分。リアルに見せているただのダミーだ。だから、ダミーに思いをのせない。

少しぶっ飛んだ話になりましたが、要は何も心配しなくていいんです。何も恐れる必要もなんです。

青龍@なで肩系スピリチュアリストでした。

それでは!

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