記憶の書き換え

おはようございます。
今日は曇り空。やや風が冷たい一日。窓から見える木々もゆらゆら揺れています。

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記憶を書き換えという手法があります。これは記憶を愛し認めるというクリーニングと違って、もっとドラスティックなもの。カンタンにいうと、記憶を良かったものに変えるというものです。

記憶って変えられません。だってどうでしょ?小さい頃に受けた傷なんて。忘れようにも忘れられない。消そうにも消えない。

両親から受けた傷なんてそう変えることなどできません。言われたことありませんか?「お前はウチの子じゃないんだよ。」「橋の下で拾ってきたんだよって。」大人からしたら、単なる冗談でしょ?

ところが子供からしたら最大級のショックなんです。もう、絶望の極み。信頼していた人から登っていたハシゴをパーンと蹴られた感じ。

それほど、強烈な一言なんですよね。大人は全く深く考えていませんが。コドモの頃って親からの情報がかなりのウエイトと占めるわけです。

ただいまー、おかえりー、いってきまーす、いってらっしゃーい、おやすみの365日。親からの一挙手一投足見ています。何気ない会話、独り言、態度。そこから情報を得ます、絶対的な信頼を寄せて。

大人と違って素直な分、情報の振り分けができないものです。だから、目や耳、口、肌、文字どおり全身で受け取るんですよ。

だから悪気もない何気ない言葉や態度に敏感。だから傷つきやすいんです。そのことをいつまでも覚えているものなんですね。でも記憶って曖昧なんです。小さい子だからという理由もありますが、脳の構造自体がそう。

自分の都合のいいように変えてしまう。断片的に覚えている記憶を、ちょうど良く組み合わせてくれるんです。すごいでしょ、脳って。素晴らしい情報処理器官です。

勝手に組み立てた記憶を元に心のキズとしていつも、目の前の現象を引き起こす。じゃ、その記憶自体を良いものに変えてあげたらいいんじゃないか。そうしたら、問題もトラブルもなくなる。これを記憶の書き換えといいます。

ひとつ例を。ある少年は勉強が大っキライでした。なぜなら母親から、もっと勉強しなさい、どうしてこんな点を取ってくるの?遊んでばかりいて!ちょっとでも成績が悪いと正座して延々と説教。何をやってもダメな子、こんな成績では将来はろくな仕事に就けない。

こんなに成績の悪い子、ウチにはいらない!と言われ続けてきたからです。手を上げられることも多々ありました。父親も一緒になって子を責める。学校で一体何を勉強しているんだ!

こんなだったと思います、たしか(笑)って、自分のことです♪この悪しき記憶を(笑)、ハッピーなものに書き換える。書き換える内容は

テストでいい点が取れなくても、温かく叱ってくれる。なぜなら当時の記憶では、言葉や態度に怒りを孕んでいたから。そして完膚なきまで完全否定するものだったからです。

記憶の書き換えはひとりではできません。何人かで行います。それぞれ、両親や兄弟姉妹、祖父母など役割分担して演じる。

先ほども言ったように、記憶とは曖昧なもの。そして子供が本当に憎くて嫌いで言うわけではありません。子供のためを思って言っているんです。

記憶の書き換えをすることで、劇的に変わるという方もいます。その場で感動して涙する人、感情移入する人さまざま。

でもこの手法もクリーニングと同様、きりがないんです。何度も何度も記憶の書き換えをしたがる。なにか問題が起きるたびに。依存してしまうんです。

クリーニングもそうですが、当の本人は気が付きません。むしろ、指摘すると激怒します。なぜか分かりますか?それはラポール状態に陥っているからです。洗脳といえば、分かるでしょうか。

恐怖と負の感情を共有する。心を不安定な状況に持っていくんです。そしてそこに新たに新しい情報をもってくる。するとそれが全てだと勘違いする。

吊り橋効果って知ってますか?断崖絶壁にかかる一本の橋。少しの風でも揺れるほど不安定な橋。そこにカップルで渡ります。見下ろすと谷底、歩を進めるたびに激しく揺れるんです。めちゃくちゃコワイですよね。

そこで「つきあってください」って、告白するとオーケーがもらえる。これです。これがラポールです、軽い洗脳。こう考えると洗脳ってどこでもあるわけで。不安をあおる宣伝やテレビや新聞もそうです。

特にセミナーや対面セッションにこういう類のものが多いです。あと宗教も。気をつけてくださいね♪話がそれましたが、記憶の書き換えは無用です。過去に軸をおいたものはいつまでも記憶の亡霊に悩まされるだけ

地縛霊や水子霊といったものもそうです。もちろん全てではないですが。特に水子なんていう考えは昭和になって広がった比較的新しいもの。そこにフォーカスするから、恐れが現象として現れただけです。

前にも書きましたが、思考というエネルギーはなんでも創造できるんです。霊さえも。またまたそれてしまいました(笑)

今、この瞬間だけを生きましょう。昨日でも明日でもなく。あなたがこのブログを読んでいるこの時を!

なで肩系スピリチュアリスト 青龍でした。

それでは!

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